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立花あゆこの自己紹介とダイエット遍歴

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今日はなぜ、立花あゆこがサービスを始めたのか、お話しさせてください
 
長くなるのでお時間のあるときにお読みいただくか、
飛ばし読みしてくださいね
 
 
 

小さいころからコンプレックスの塊だった立花

 
わたしは、
生まれてこのかたずっと、
縦にも横にも同年代の友達より大きかったので、
それがずっとコンプレックスでした。
 
 

小学校に入学する

小学校に入ってからのわたしは
結構な問題児で笑
 
 
いつの間にか学校から家に帰って来てしまう
 
「大きい声がでないのか?」と真顔で担任から聞かれる
 
体育の成績は1
 
 
褒められることといえば、
三角食べが上手ですね。
 
※三角食べとは、ごはんおかずお汁と、順番に食べること。
先生の苦肉の策。
褒めるところがない子に使う言葉笑
 
 
ということくらいでした。
 
 
 
担任から見ると、
何もできない、褒められるところといえば、
残さず食べることくらい。
 
そういえば、よく怒られていました
いや、怒られるのは大人になってからもでした笑
 
 
 
でも、
その先生に褒められたことで、
家族が喜んだんです。
 
 
家族を喜ばせたい一心で、食べました。
 
 
結果、
夏休みの1ヶ月ちょっとの間で、
まるまる太ってしまいました。
 
でも、
家族が喜ぶからと、食べることを止められませんでした。
 
 

子ども服が入らない立花

 
小学校も高学年になってくると、
わたしは、人より太っているということを痛感することが多くなってきました。
 
 
児童共通の鼓笛隊のかわいい服が入らないとか、
子供用の服が入らないとか、、
だから大人服のLを買ってこられるとか。。
 
 
それって子ども心は大きく傷つきます。
 

小学生で初めてのダイエット

 
子供用の洋服が入らなかったことが悲しくて、一念発起し、
初めてのダイエットを開始させます。
 
 
小学4年生のときでした。
そのときの体重48キロ!
 
 
1年生で、10キロ台
2年生で20キロ台
 
と、わたし人生で順調に増えていたこともあり、
さすがに50キロはダメだ🙅
 
「大人とおんなじだ」
と思ったのを今も強く覚えています。
 
 
 
そのとき行ったダイエットは、
好きだった縄跳び!!
 
二重跳びの練習も兼ねて、行いました。
 
 
家の前が通学路だったため、
恥ずかしさと戦いながら、毎日毎日飛び続けました。
 
だから今でも縄跳びや二重跳びは得意です笑
 
 
今思えば、
小さい頃、わたしは引っ込み思案で
ほかのお友達に遊ぼうよと言えなかった分、家で遊ぶことが多かったため、
活動的な運動をしたことがほぼありません。
 
 
それでも縄跳びだけは今でも群をぬいて飛べるので、
小さい時に運動しておくって大事なんだなと思いました。
 
同じ家族の弟は小さい頃から少年野球をしていたのでスポーツ万能ですもん。
 
 
 
立花あゆこ ダイエット ダイエット奮闘記
 
 
5年生になるときまで、48キロをキープしました。
 
 
ですが、
上記に書いた通り、
1年生で、10キロ台
2年生で20キロ台
 
となると、
5年生では、50キロ台で良くなってしまいますし、
6年生では、60キロ台に達していることになります。
 
 
案の定、
そうなっていくのですが笑
 
 
 

男の子にいじめられる

 
コンプレックスが爆発したのが、
小学校5年生になったくらいのときかなあ
 
 
相撲の強い乱暴者の男の子がいて、
その子より私は背が高かったんです。
 
 
小学校5年生で一番背の高い女の子より大きい男の子って
あんまりいなかったんです。
 
 
それが気に食わなかったみたいで^^;
 
今では問題になるような意地悪をされました。
 
 
本気で蹴ってきたり
グーパンされたり‥
 
ブタさん
ブタさん
わーこわい
 
 
そこから男の子が大嫌いになりました。
 
 
 
 
思春期に男の子より大きい
むしろ、
自分のお母さんより大きい
 
 
その大きさがずっとコンプレックスの女の子でした。
 
 
 
でも、
中身は小さくて可愛い女の子。
外見で判断されることに自分自身は正直ついていきていませんでした。
 
 
 
 

大人も憎んだ思春期

 
 
大人は、
「背が高いんだから、
体重がその分重いのは当たり前。」
 
 
そう思って伝えてくるのですが、
子ども心には
それをやすやすと受け入れることはできません。
 

これは、中学3年生のとき

TMレボリューションが大好きだった頃です❥
(でも、彼も小さい笑)
 
 
 
だから、
親も恨みました。
 
 
なんで大きく産んだのかって。
 
 
 
そんなことを言っても、どうしようもないのに💦
 
でも、言わずにはいられませんでした。
 
 
うちは親族みんな大きいんです笑
それだから、どうしようもないって今となったらわかる!!
 
 
ですが、当時は可愛い女の子
当時は家系すら悩ましいことでした。
 
 
 
 

思春期に始めたダイエット

 
中学生になって始めたのは、お水を3リットル飲むダイエット
やかんに水道水を沸騰させたものを冷まして飲んでいました。
 
当時はミネラルウォーターを買うなんて時代ではありませんでしたし、
家にまだ井戸水があったので、
沸騰水です。
 
ですが、今ではそれが白湯として一番良いお水の作り方として奨励されています。
 
 
祖母がいたので、「もっと食えもっと食え」と言われ断念。。。
 
 
 
でも、
そのときは痩せられなくても、
成長期だし、
まだ子供だし、
まわりの大人たちは、歳をとったら痩せていくよ!と言っていたので、
そこまで気にしていませんでした。
 
 
そして、時は過ぎ、社会人になるのですが、
一向に痩せません笑
 
 

社会人になっても痩せない立花

 

おかしい。
 
 
ブタさん
ブタさん
どうしたの?
 
 
痩せないことに気付き始め、たくさんのダイエットを始めます。
お金をかけたダイエットがやっとできるようになります。
 
ダイエットDVD
コーヒー浣腸
断食
ジム通い
 
 
この中で、唯一痩せたのは、ジム通い
 
 
この経験から、わたし意外と体を動かすの好きなんじゃん💕と知りました。
やったことのないことは、好きになりようがないし、
今までの自分が興味を持てないことをやろうとは思えない。
 
だから、興味がなくてもちょっとでもやるって大切だなと思いました。
 
 
 
 
でもね、
面倒くさがりと恥ずかしがりは相変わらずで、
 
一緒に通ってくれていた友人が、通えなくなると、
一緒に辞めてしまいました。
 
 
 
ひとりで行くということにはまだまだ恥ずかしさがあったころです。
 

23歳のころ

立花死にかけます

 
そして、ひとつの事件が起こります。
 
仕事にしすぎでヘルニアになってしまうんですーー!!1
 
 
ヘルニアになり腰だけでなく足に痺れが出てしまったため緊急手術をすることになりました。
 
 
ここからが波乱万丈だったのですが、
ヘルニアを取るつもりが主治医の先生が大動脈をとってしまい、大出血!!
 
文字通りの出血大サービスです笑
(笑っている場合じゃない)
 
 
病院にある全部の輸血用血液を私の体に入れ
気付いた時にはいろいろなところが痛かったです。
 
そして知らない病院にいました。
 
 
九死に一生 小顔 立花あゆこ
 
 
 
退院してからは、
仕事仕事!ではなく、
 
自分を大切にすること、
自分を生きること
やりたいことをやること
 
 
を自分に許しました。
 
 
 
 
 

そして、本題のダイエットのほうはどうなったのかというと、、、

 
気功に出会い、やっと!
大量減量に成功するのです✨✨
 
 
 
わたしの人生は、
気功に出会い変わりました。
 
 
 
始まりはただのミーハーだったにしても世界最先端の先生から気功を学べたことは私の人生において大きなターニングポイントでした。
 
今までは「食べたい!!」という気持ちだけが過度にでていましたが、体に何が食べたいか、聞くことにより
 
 
食べたいものを食べたい量だけ食べることができるようになりました。
 
 
 
 
その結果、
栄養バランスも自然に整い、風邪や体調不良、生理痛、頭痛もここ数年、一切でておりません。
 
 
さらには、
自分のことも大好きになれましたし、
 
心が整って、嫌いな人もいなくなり
出会う人も変わって、ハッピーになってしまい、パートナーや仕事、仲間、大好きな人たちとだけ過ごせる生活になりました。
 
 
 
 
だからこそ、
どうしようもないモヤモヤや焦燥感、諦め、様々なネガティヴな想いを抱えている
女の子たちの
サポートができたらなぁと
このサービスを始めたんです!!
 
 
 
こんなダメダメなわたしにもできたんだから、
みんなにできないハズがない!!
 
 
この素晴らしい世界を味わってほしい!
だからどこよりもカンタンで続けられてストレスがないダイエット法をお伝えしています!
 
 
わたしの経験が
誰かの糧になることを祈っています✨✨
 
一緒に最後のダイエットをしてみませんか?
 
 
 
 
長くなりましたが、
自己紹介でした💕
 
お付き合いいただき、ありがとうございました。

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